

映画『8番出口』を見て
ある意味単純な話なのですが、 面白かった。 普段、私たちが見て見ぬふりをしていることなのかもしれない。 川村元気監督も 無関心の罪、をテーマの一つとして挙げている様です。 本当は気づいているけれど、 面倒だから見ないことにしている(何もしない)ものがあります。 または、あまりにも毎日繰り返しているために、それが問題であることに 気づかなくなっているものもあります。 私は、この二つは少し違うと 思っています。 見えているのに見ないこと。 見慣れすぎて、見えなくなっていること。 どちらも放っておくと、 同じところをぐるぐる回り続けることになる。 「本当は嫌なんだけどな」 「本当に正しいのかな」 と思っていてもそのままにしていることがあります。 毎日が同じなので、 自分がそれを望んでいないことにもなんとも思わなくなっている。 気がつくと、自分で選んだわけでもない日々を、ただ繰り返している。 映画の中では異変に気づかなければ 出口にはたどり着けません。 私はこれを見て、まず何かがおかしい、と 気づくことが必要なんだと思いま
9月22日


『銃・病原菌・鉄』上下ジャレド・ダイアモンド 著 を読んで。
いやー、面白かった。 なぜ、ある地域の人々が 別の地域の人々を征服する側になったのか。 なぜ、 銃や鉄や文字などの技術が、 ある地域では早く発達したのか。 面白いのは 「どの人種の能力が高かったのか」 ではない点。 どんな植物や動物がそこにいたのか。 農耕が広がりやすい地形だったのか。 大陸が東西に長いのか、 南北に長いのか。 家畜と長く暮らしたことで、 どんな病原菌への免疫を持つようになったのか。 これが、とても面白かった。 何か結果を見ると、 「この人たちが優秀だったから」 「この国が強かったから」 「この人が頑張ったから」 と、思うこともあります。 実際には、様々な条件で選べることが大きく違っていたのかもしれない。 これは歴史だけでなく、 毎日起きていることも同じだと思いました。 能力や努力、判断だけて起きているのではない。 結果だけを見て、能力だけで考えてしまうと、見落とすものが多い。 これは以前から私が感じていたことなので そうだ、そうだ、と思いながら読み進めました。 もう一つ、 特に面白かったところ
9月22日


『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』を見て
面白かった。 見終わって思ったのは 人の気持ちは、最初から最後まで一貫して 本物かか偽物かの二つだけでは 分けられないんだな ということです。 レゼは、最初から純粋な気持ちだけで デンジに近づいたわけではない。 目的があって、 演じていた部分もある。 だからといって、 デンジとの時間まで 全部が嘘だったのかというと、 そうではない、と私は思います。 本気だったのか。 演技だったのか。 そんなふうにきれいには 分けられないのでは。 最初は演じていたものの中に、 途中から本当の気持ちが 少し混じっていったのかもしれない。 もしくは、本人自身も、 どこまでが演技で、 どこからが本音なのか、 分からなくなっていた時があったのでは。 そこがすごく人間的だと思いました。 最初から自分の気持ちを 全部分かっているわけではない。 役割として関わっていた相手に、 思いが生まれることもある。 逆に、 本物だと思っていたものが、 あとから違って見えることもある。 人の気持ちは、 あとから形が変わる。 その曖昧さがいい。 そしてもう一つ。
9月22日
